マタイによる福音書12章15節~21節
「彼は争わず、叫ばず、その声を聞く者は大通りにはいない。正義を勝利に導くまで、彼は傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない。異邦人は彼の名に望みをかける。」 (19節~21節)
イエス・キリストは争わず、叫ばず、声高に何かを主張する救い主ではありませんでした。そして20節には「彼は傷ついた葦を折らず、くすぶる灯心を消さない」とあります。葦は細長く折れやすい植物です。傷ついた葦とは、うつろいやすく、弱く、風に吹かれたらひとたまりもない、今にも倒れてしまいそうな人間の姿を表しています。それでも古代エジプトでは葦は長さを測るために用いられたそうです。葦は弱く傷ついていても、折られないのであれば、世の中のために役立つ存在なのです。
くすぶる灯心とは、今にも消えてしまいそうなランプの灯のことを指しています。強い風が吹けば、今にも消えてしまいそうな命であったり、信仰であったりを表しています。けれども主イエスは守ってくださるのです。たとえ小さな灯であっても、暗い夜を照らす力を持っています。当時は電気がない時代でした。今にも消えそうな、小さなランプの灯であっても、暗い部屋を照らす唯一の手がかりになりえたのです。同じように、私たちも、たとえどんなに傷ついていようとも、どんない小さく弱い力であっても、主イエスの守りの中で世の光、地の塩として生きていくのです。