レビ記8章8章5節~7節、22節~24節
レビ記の8章には祭司の任命式についての記録があります。彼らは礼拝のために特別に選ばれた人々でした。モーセのお兄さんであるアロンとその子どもたちが代々その働きを務めていくことになりました。
彼らが礼拝に向けて一週間かけて自分自身を整えていった様子がこの章に記されています。その礼拝のための準備のひとつが、体を水で清める、汚れを洗い落とす、という儀式でした。これは外面だけの清めを意味しているのではなく、内面的な清めをも象徴する儀式でした。
わたしたちは人生の旅路の中で、あるいは一週間の生活の中で、様々なことを体験します。良いこともあれば、好ましくないこともあります。うまくいくこともあれば、うまくいかない事もあります。
たとえどのような負のサイクルがあったとしても、きっぱり断ち切り洗い流すことが大切です。色々な所でしみついてしまったもの、心に刺さってしまったものを洗い流して、信仰者は礼拝に向かっていくことができます。背負い込んだ重荷を下ろすことができる場所がある、それこそが礼拝という場所です。
礼拝に向かう時の心得、それはあらゆる悩みをひとまず脇において、心配事を一旦忘れて、わたしを愛し、わたしを助けてくださる神さまに目を注ぐ、ということです。たとえ山のような心配事があったとしても、自分自身を整えて、神さまだけを見上げる時に、新しい一週間を生きるための新しい力をいただくことができます。