ヨハネによる福音書14章25節~31節
先週の2月14日から、レント(受難節)に入りました。イースター前、46日間(日曜日を除く40日間)を受難節といいます。主イエスさまが私たちの罪の身代りとなり、十字架の苦しみを受けて死んでくださいましたことを感謝し、その御愛を覚えて全世界のクリスチャンは、回心、祈りに身をおく大切な期間なのです。
約3年間、イエスさまは12人の弟子たちと寝食を共にし、人々の救いのためにユダヤ全土を駆け巡られました。その日々は弟子たちにとって喜びと、驚きと感動と感謝に溢れた、至福の時でありました。その敬愛してやまない主イエスさまが間も無く、十字架の死をもってこの世を去られるというのです。弟子たちの受けた衝撃、戸惑い、失望は想像するに難くありません。
14章1節で「心を騒がせるな。神を信じそして、わたしをも信じなさい。」今朝の27節でも「心を騒がせてはなりません。恐れてはなりません。」(新改訳)わたしは、平和(平安・シャローム)をあなたがたに残し、わたしの平和を与える。主イエスが与える平和とは、26節の「聖霊による平和」であり「十字架と復活によってのみ与えられる平和」です。父なる神が遣わす聖霊は、わたしたちに語られた言葉と業を理解させ、聖霊は世界のあらゆる場所で、時代を超えて、新しい在り方で働かれる主であり、聖霊によって、わたしたちは愛を知り心に平和が与えられるのです。これは主イエスさまからのわたしたち一人一人への遺産であります。
「もはや、あなたがたと多くを語るまい。世の支配者が来るからである。だが、彼はわたしをどうすることもできない。」逮捕、裁判、処刑の近いことを主は語ります。しかし、彼らの意志ではなく、神の意志がすべてを行われていったのです。
「さあ、立て。ここから出かけよう。」具体的には最後の晩餐の席からでありますが、主が弟子たちを伴って行く場所は、嵐が吹き荒れる世界です。主が与える平和は、無病息災でも平穏無事でもなく、試練の嵐の中でもかき消されることのない平和(平安)です。一時的な平和ではなく、死の恐れに打ち勝つ永遠の平和なのです。